10代で飛び込んだ溶接の世界。挑戦し続けて、職人として生きる道に
様_サムネ_01-1400x910.jpg)
「最初は失敗するしかないと思います」
高校を卒業してすぐ、18才で製造業の世界に飛び込んだ澤城大助(さわきだいすけ)さんは、そう静かに語りました。
ブラジルから来日し、溶接という専門技術の道に進んでから20年。
火花が散る現場で汗を流しながら積み重ねてきた日々。学びに終わりはなく、環境が変わっても常にスキルを高め続けてきました。
「壁は必ずある。でも、壁は乗り越えるためにあるんです」
多くの人に支えられながら、仕事の厳しさと面白さに触れ、ものづくりの世界に魅せられていった澤城さん。
現在は個人事業主として独立し、培った技術でキャリアを形成しています。
今回は、そんな彼の軌跡をたどるインタビュー。
「これから社会に出る人たちに、何か伝えられるなら嬉しいですね」
澤城さんの経験は、迷いながらも一歩踏み出そうとする人の背中をそっと押してくれるでしょう。
異国から始まった僕の人生

「日本に住むのは当初1〜2年だけのつもりだったんです」
澤城さんが日本に来たのは9才のとき。
生まれ育ったブラジルを離れ、一時的な滞在の予定で家族とともに来日しました。
ところが、生活するうちにそのまま日本に住むことになり、新たな日々が始まります。
お母さんがブラジル人、お父さんが日系ブラジル人とふたつの国の顔を持つ澤城さん。
ポルトガル語と日本語を使う環境の中で、言葉も文化も自然と馴染んでいきました。
高校は千葉県の普通科へ進学。野球部に所属していた澤城さんは、グラウンドで練習に打ち込む3年間を送りました。
当時の学校では、就職を希望する生徒も多かったそうです。
「ポルトガル語を活かして通訳の仕事も考えました。けれど、話を聞いていると通訳は大学進学が前提で、家庭の事情を考えると進学は難しかったんです」
そうして彼は、卒業後の進路として就職を選びました。
この選択が後に天職へとつながっていくことは、まだ誰も知りません。
給与で決めた一社目がキャリアの土台に
進路を決める際、誰かに相談したのかを尋ねると、彼は少し照れたようにこう答えました。
「あまり相談はしてないですね。両親にはいくつか候補を出して『この中のどれかにしようと思ってる』とは話しましたが……ほとんど自分で決めました」
最終的な決め手は、現実的な理由でした。
「正直、給与が良かったからなんです。当時は求人票の紙だけの情報しかなかったので条件が大きな決め手でした。」
高校卒業後、澤城さんは千葉県にある配管などの溶接を扱う工業系の会社に就職しました。
そして1年ほど働いた後、さらなる成長を求めて新たなステージへと進みます。
「専門機の資格を取ったタイミングで会社を変えたんです。スキルアップ目的の転職でした」
次に選んだのは同県でものづくりを行う会社。メーカーの下請けも担う大きな会社で、前職とはまた違う溶接方法を扱う現場です。
「会社によって溶接の方法や使う機械が違うので、新しい技術をどんどん覚えていきました」
そこでは3年ほど勤め、より専門的なスキルを習得していきました。
「キャリアアップというかスキルアップしていくイメージですね」
自らのスキルを高めるための選択。
「いろんな現場を経験することで、できることが増えていきました」
澤城さんは、常に学ぶ姿勢を忘れません。
努力の先に、現在の確かな技術が築かれていきます。

21才で独立。全国の現場で腕を磨いた日々
10代から2つの会社で経験を積んだ澤城さんは、21才という若さで個人事業主として独立する道を選びました。
「2社目での3年間が、大きな転機になりました。集中して技術を身につけたので、専門職としての土台ができたんですよね。現場で他の職人さんの仕事を見ても、スピードや仕事の質が近付いてきてると思いました。だったら次のステップに進もう、と」
自然な流れで独立へと舵を切った澤城さん。
「どこでも通用するスキルを身に付けよう。いろんな現場を回りながら技術を磨こうと思ったんです」
個人事業主となってからは、北海道から沖縄まで全国を飛び回る生活が始まります。
決まった工場で働くのではなく、出張をベースに現場を移動しながら仕事を覚えていくスタイルでした。
「正直、仕事がなくなる不安はなかったですね。若かったし、ダメならまた社員として働けばいい、とどこかで思っていました。自信もあったし、体力もあったし、まあどうにかなるだろう、と」
この時期に培った現場経験は、後のキャリアに大きな意味をもたらします。
一方で、技術面だけではなく、先輩たちとの関係や現場での立ち振る舞いについても学びが多い日々でした。
「工業高校出身の人は、工具の名前や図面の読み方を高校の授業で習ってるんですよね。でも僕は普通科だったので、現場で飛び交う言葉の意味すらわからなくて。年上の先輩たちとどう接すればいいかも迷って……最初は少し苦労しましたね」
そんな中で支えとなったのが、高校時代に打ち込んだ野球部での経験でした。
「体力もそうだけど、我慢強さとか、礼儀とか。あの経験があったからこそ、乗り越えることができたと思います」
その後、澤城さんはまた会社員に戻りました。3社目は溶接関係の仕事でも全く違う技術が必要だったそうです。
現場で叩き込まれた技術力。
スキルを活かして自ら仕事を選び、ときにはゼロから仕事を覚えていきました。その中で澤城さんは確実にスキルアップしていきます。
技術を武器に東京で挑んだ次のステージ

28才になった澤城さん。かねてから思い描いていた上京をついに決断します。
最初はハローワークで仕事を見つけ、現地で少しずつ人脈を築いていきました。
はじめての土地、はじめての現場。
「新しい環境に入るたびにゼロからやり直す。でも、もうそれを怖いとは思わなくなりました」
転職や独立を経て、一貫して溶接という道を歩み続けてきました。
「向いているし、好きなんですよね、この仕事。最初は専門的で難しい部分も多いんですけど、一度自分のものにできたら、それがすごく武器になる。若いころから、これは誇れる仕事だなって感じてました」
技術を極めれば極めるほど、現場で重宝されるようになり、自然と自信もついていったそうです。
現場で求められるのは綺麗で早い仕上がり。
「『早かったね。助かったよ。』と言ってもらえると、本当に嬉しいですし、結果的に収入にもつながっていきます。やった分だけ返ってくるんですよ」
また、この仕事は残業も少なく、続けやすい環境のようです。
「仕事が終わった後は、自分の時間も取れます。仕事と生活のバランスが取りやすいのも、この仕事の魅力ですね」
東京に出てからは、大手ビル、ホテルの配管設備など、数多くの大型案件にも携わりました。
「テレビ局内の設備や、銀座で話題の商業施設などにも関わりました。完成後に街を歩いて、あ、これ自分が作ったなと思えるのは、やっぱり嬉しいですね」
20年以上のキャリアを重ねてきた澤城さんですが、「今も学ぶことは尽きない」と語ります。
「本当に上手な人っているんですよ。『名工』と呼ばれるような、すごい技術を持つ人たち。同じ現場にいると、自分はまだまだだなと思います」
経験を積んできた今も、澤城さんは決して満足していません。
「終わりがない仕事なんですよね」
だからこそ、この道を歩み続けられる。成長の先にまた新たな壁が現れる。それが、職人としてのやりがいでもあるのです。
「『もっと上手くなりたい』って思えるからこそ、ずっと続けていけるんだと思います」
挑戦する姿勢が未来を切り拓く力になる

30代になり、業務委託で仕事をしていた会社から、「社員として来てほしい」と声をかけられ、再び会社員として働くことになります。
しかし数年後、会社の経営上の事情により、再び個人事業主として独立。
現在は個人事業主として配管・溶接関連の仕事を継続し、専門職として安定したキャリアを形成しています。
振り返ってターニングポイントを尋ねると――
「東京での仕事ですね。とにかく忙しい時期でしたけど、そのぶん身についたことが本当に多かったです」
高校卒業後に入社した会社での経験も大きかったそうです。
「最初に入った会社にも恵まれたと思います。基本が身に付きましたし、10代だからこそ吸収する力があった。その会社にいた先輩も丁寧にいろいろ教えてくれました」
そして今、澤城さんには新たな挑戦への思いも芽生えています。
「この先、新しい仕事もいいかなと思うことがあります。けれど、どんな仕事を選んでも、職人として身につけた基礎は生きるはずですから」
ゼロから学び、スキルを磨き、相手の気持ちを汲み取りながら丁寧に仕上げる。
「それはどんな仕事にも共通する姿勢だと思っています」
運が良かった、と笑顔で話す澤城さん。運の良さは彼の人柄もあるかもしれません。自身の性格について聞いてみました。
「感情の起伏が少ないタイプで、仕事も淡々と続けられるんですよ。溶接は一人で黙々と集中する時間が長いので、性格的にも向いているかもしれません」
そう語る口調は、終始穏やかで気負いのない様子。
モチベーションについて尋ねても、ひょうひょうとこう答えました。
「もうここまで来ると、モチベーションというより日常なんです。息をするように、自然に仕事してますね」
ものづくりの現場には、確かなやりがいがあります。
「最初はできなくて当たり前。失敗も怪我もあるけど、やっていくうちに、少しずつできるようになりますよ。若いうちは、たくさん失敗したほうがいいと思います」
最後に、高校生やこれから社会に出る若者たちに向けて、こんなメッセージを届けてくれました。
「不安はあると思うけど、思い切って飛び込んでみてほしい。今の時代は、丁寧に教えてくれる先輩がたくさんいます。最初からできる人なんていないんだから、続けていけば絶対できるようになりますよ」
そして、頑張ってる姿は、ちゃんと誰かが見てくれてますから……と少し恥ずかしそうに付け加えてくれました。
「壁は必ずあります。でもそれは乗り越えるための壁だから、絶対乗り越えられますよ!」
まとめ
澤城さんのキャリアは、高卒採用の可能性を体現しています。
10代という若い時期に社会へ飛び込み、技術を早くから身につけ、20年以上にわたって現場の中核として活躍しています。
若手が現場で成長していくために必要なのは、特別な制度ではなく、
「わからないことを気軽に聞ける雰囲気」や「できるようになったことを信頼して任せる姿勢」など、日々の関わりです。
その積み重ねが、本人のやる気や定着率につながり、やがて彼ら自身が後輩を育て、組織の屋台骨となっていきます。
若者の「やってみたい」という気持ちを受け止める環境。その挑戦に丁寧に向き合う企業の姿勢。
それこそが、次の成長の鍵になるでしょう。
様_年表_01.png)
この記事を読んで高卒採用に少しでも興味を持たれた方は、ぜひこちらの資料をご確認ください。高卒採用を始めるにあたって必要なルールやポイントを1冊にまとめております。
◆この資料で分かること